彼女はかつて、近江あかり選手とともに、京都橘高校の一員として闘った。

怪我にも苦しんだ。
キャプテンとしてコートに立てない苦しさも味わった。

チームのため、本職を捨て、レシーバーとして、ピンチサーバーとし、粉骨砕身した。

その努力が実り、後輩の小幡選手とともに全日本に姿を表した。

井上琴絵選手。
JTマーヴェラスの栄枯盛衰ともに歩み、そして再び、表舞台に復帰した。

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高校時代、京都橘高校にて春高準優勝、国体優勝を経験。アジアユース選手権でも優勝する輝かしいを残した。

そんな彼女の進路はJTマーヴェラス。

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頭角を表すのも早かった。
黒鷲旗大会での準優勝に貢献し、新人賞に相当する若鷲賞を獲得。同年のアジアジュニア選手権でも優勝に貢献。ベストリベロ賞に輝く。
栄転は続き、2009年には全日本シニアに初選出。翌2010年も全日本シニアに招集され、第一期眞鍋ジャパンの一員として将来を嘱望された。

しかし、当時のリベロの第一人者は世界一のリベロ・佐野優子選手を筆頭に井野亜希子選手、そして濱口華菜里選手と強力なライバルが揃い、かなりな狭き門。

そんな中、2010/11シーズン、JTマーヴェラスはキム・ヨンギョン選手をエースとし、竹下佳江選手、山本愛選手、吉澤知恵選手、石川友紀選手など全日本で活躍する選手が集結。井上選手はチームの初優勝に貢献し、ベストリベロに輝く。同年の黒鷲旗大会でも優勝し、黄金期を迎えていた。

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しかし、この栄華は長く続かなかった。

キム・ヨンギョン選手、竹下佳江選手、そして大友愛選手といった主力勢がロンドンオリンピック前後にチームを離脱すると、2011/12シーズン以降、成績が下降。2013/14シーズンは7位に終わり、チャレンジマッチにて上尾メディックスに敗れ、遂にチャレンジリーグへ転落する。

井上選手もまた、チームの成績の下降に伴い、全日本から離れていく。


捲土重来を期して建て直しを図るJT。2014/
15シーズン、チャレンジリーグでJTマーヴェラスは17勝1敗の好成績でチャレンジマッチに出場。トヨタ車体クインシーズとの初戦をフルセットの末に破り先勝し王手を掛けるも、続く第二戦、1ー3で敗れ昇格を逃す。

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しかしその鬱憤を晴らすかのように、同年の黒鷲旗大会では毎戦フルセットからの逆転勝利で勝ち上がり、決勝では因縁のトヨタ車体をストレートで下し、チャレンジリーグとしては初の優勝を成し遂げる。

ところが、陣営はここでてこ入れを決断。
吉原知子監督の就任だ。

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チームに闘争心を植え付けるべく就任した吉原監督新体制の中、井上選手はキャプテンに就任。ところが、井上選手は故障でシーズンを棒に振る。
そんな井上選手を尻目にチームは快進撃を続け、遂に全勝優勝を達成。チャレンジマッチでは因縁の上尾メディックスを二戦ともストレートで下し、Vプレミアリーグ復帰を果たすと、その勢いのまま黒鷲旗大会を連覇。まさに両手に華だった。

そして迎えたVプレミアリーグ2016/17開幕戦。井上選手はキャプテンのままコートに帰ってきた。勿論、リベロのスタメンとして。

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開幕戦、トヨタ車体を圧倒したJTは起動に乗り、早くも優勝争いに加わる。しかし、強豪揃いのVプレミア勢はJTを研究。弱点の高さのなさとサーブレシーブを突かれ成績が下降。
ここで陣営はシフトチェンジを行う。
井上選手をレシーバーに配置換えし、弱点を補うとともに、ピンチサーバーの切り札として起用。更に田中瑞稀選手の成長でサーブレシーブが安定。チームは再び息を吹き返す。

ところが、体制が整ってきたファイナル6でエース・オヌマー選手が体調不良。抜擢された橘井選手が奮闘するも、ファイナル6で無念の敗退が決定した。最終戦、日立リヴァーレをフルセットの末撃破したのはJTの意地。

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最後までベストを尽くす敢闘精神の現れだった。

ところが、この努力は無駄ではなかった。

装い新たとなる中田久美監督率いる全日本女子バレーボールチームへ、井上選手と後を受けた小幡選手が揃って招集されたからだ。

やることをやって、結果を出せば、見ている人は見ている。

ライバルは、リオデジャネイロオリンピック出場の佐藤あり紗選手、鳥越未玖選手、後輩の小幡選手。

ともあれ、結果を出したものだけが進めるステージに脚を踏み入れたのは事実。

これからがサドンデス。

レシーバーでも、リベロでも、どちらがきてもどんとこい。

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井上選手の新たなチャレンジがこれから始まる。